(お侍 拍手お礼の三十一)

        *お母様と一緒シリーズ
 

 腰をかがめて刀の柄を固定し、対象を見据え、呼吸を整えて…というような。いかにもという構えは一切取らない。向背に居並ぶ常緑の木立の、つややかな葉にいや映える紅の長衣。若木のようなしなやかな肢体。背に負うた長い得物の柄がはみ出した肩は薄く。寡黙なまま動かない表情は、うっそりと静謐で。その立ち姿はあくまでも、さして力まぬ自然体。

 「…。」

 そんな彼を、ゆるい円陣を作って取り囲む幾たりか。手に手に握った実を取り落とさぬようにと、それから。仲間たちの誰かが口火を切るのへと遅れぬように。それへの意識から、ちょっぴりの緊張に固まりかかった様子へ。あれあれ大仰なと、見物に回った小柄な工兵さんが、擽ったげに苦笑する。

 「行くです。」

 切れはいいが、どこか芝居がかっても聞こえる一声が上がり、小さな手にそれぞれ支えられていた果実が宙へと放られる。ふぞろいな放物線が幾つも、降りそそぐ秋の陽射に向かって伸びてゆき、

 「…っ。」

 その中心に立つ彼の、やや伏せられていた目許が、石榴
(ザクロ)の赤を鋭くも閃かせ、痩躯の前へと交差されたる白い双手が握るは…常の得物にあらず。青々とした牙を剥いたは、よくよく使い込まれた柳刃が一対。

  ――― ひゅっ・か、と。

 鋭く風を撒いて起きるは、風籟のうなり。下生えにはやばや落ちた病葉
(わくらば)をも撒き上げて、紅の裳裾が弧を描き、目まぐるしく翔る銀線が宙を裂く。

 「おお。」
 「これは…。」

 一体何が起こっているものやら。視覚にてきっちり把握出来ているのは、同座した侍たちのみであり。金色の果実を放った童らは、若いお侍様の手の先から時折切っ先が見えなくなる柳刃の、手妻のような躍りようを、ただただ声なく見守るばかり。そうしていたのも、ほんの寸刻のことで、

 「…お。」

 冷たい泉から引き上げたばかりの果実を盛って、和子らが運んで来た大皿の上、小さな竜巻が通過したその後には。きれいに皮を剥かれ、均等に切り分けられた梨が、花を模してのずらずらと、幾重にも輪を描いての整然と並んでいたから、あら不思議。

 「…キュウタロさん、凄いです。」
 「んだなや〜。手妻みてぇだ〜。」

 いつの間にやら刀を止めていた赤いお侍様の手元には、一仕事終えた柳刃が、果汁の金蜜をまとって光っており。あまりに見事な手際ゆえ、居合わせた者らはその空気さえ侵しがたくて、なかなか動き出せずにいたのだけれど、

 「いや、お見事。」

 赤鞘の槍を小脇に挟んで空けた両手で、パチパチパチ…と最初に拍手を送ったは。見物の一人であった、金髪長身のシチロージ殿。
「大したものですねぇ。切り口の角の立ちようの鋭さは、力任せに勢いで押し切った訳じゃあない証拠です。」
 そう言うと、先んじて1つ摘まみ上げ、
「手の中で回しもって剥いた訳じゃあないから、実も十分に冷たいままですし。」
 そうと評してのそれはにこやかに笑って見せれば、残りの観客たちもあわわと遅ればせながら、彼に続いての拍手喝采を送り、

 「ささ、冷たいうちに皆でいただきましょう。」

 やんわりと目許を細めての槍使いさんからのお声へ、子供らがやっとのこと無邪気な顔になり、それぞれに“わ〜いvv”とはしゃいで見せた。粗末ながらも藍の染めつけ大皿に盛られたは、今からが旬の、それは瑞々しい梨の実だ。この時期に恒例の、近隣の村からのおすそ分け。見事に丸々と育った豊水梨を山ほどいただいたのでと、おやつ代わりに村中に配られることとなり。食べるもので遊んではいけないが、いつも遠巻きにしてはいるが、その実、お侍様たちへ近づきたくてしょうがないとの、憧れの視線を送って来てやまない、無邪気な和子たちへのささやかな贈り物。神業の一端、披露して差し上げましょうということとなり。一番長いのを引いた人が当たりという、少々怪しいくじ引きの結果、今のところ、子供らには一番縁遠い双刀使いさんが、腕前の程を披露することとなってのこの仕儀で。

 「凄げぇなぁ、赤いお侍様。」
 「んだ〜。弓だけお上手なんじゃなかっただな。」
 「姉様がいっつも褒めとったもんな〜。」
 「無敵〜つってな〜。」

 それはもしや“素敵vv”の聞き間違いではなかろうかと、吹き出しそうになってのつい、水気の多い梨の実にむせそうになったは、彼らより大人のお侍様がたの方だったりしたが。
(笑)
「???」
「いやはや。あ、そうそう。カンベエ殿やカツシロウくんへは?」
 こんこんと咳き込むゴロベエの背中をさすってやりながら、誤魔化し半分、此処に居合わせぬ顔触れのことをヘイハチが訊けば、
「心配ないです。詰め所の方へキララ姉様が持ってってるです。」
 ちなみに、おっちゃまことキクチヨへは、あとでコマチが剥いてあげるから数に入れなくていいですと、小さな巫女様がえっへんと胸を張って見せた。お侍様たちと子供たちという、ちょっぴり奇妙な団欒の輪。ちょっかいを出せばすぐにも追って来ての遊んでくれるキクチヨ殿や、一番お忙しいのに機巧
(からくり)の利いたおもちゃを作っては仲良く遊ぶんですよと気前よくも差し出して下さるヘイハチ殿。手振り声色も面白い、冒険のお話をして下さるゴロベエ殿に、手先が器用で色んなおとぎ話を御存知のシチロージ殿とは、結構構ってももらえての言葉を交わしもするのだが。皆様の束ねであるカンベエ様や、生真面目そうなカツシロウ殿、そして、一番お綺麗なのに一番恐持てのするキュウゾウ殿には、気後れもあってのなかなか近づけずにいる様子。そんな雰囲気は、お侍様がたの方にも伝わって来ていたものだから、

 『怖いお人ではないのですよと、知らしめておかないと。』

 いざ何かあった時、助けの手を延べても、野伏せりばりに怖がられての萎縮されては洒落にならぬでしょう?と。そうと言い出した誰かさんの提案に乗ったのが、今ここに顔を合わせたキュウゾウ本人以外の面々であり、

 “付け焼き刃もいいところですが。”

 しかも、あんな神業を披露したことで、ますます“凄い”ばかりが先走りそうな予感もあったりするのだが。まま、普通に息をしている、体温のあるお人なのだと伝わりゃあいいかと。乾いた芝草の上に腰を下ろして和子らを見回し、こっそり肩をすくめたシチロージのお顔の前へ、
「…え?」
 不意にのヌッと。茶味がかった梨の実が一つ、差し出される。あれれ? キュウゾウ殿が全部剥いたんじゃなかったっけ?と、顔を上げれば…その手の主は。やはりの無表情のままな、取りこぼした張本人の双刀使いさんだったりし。
「キュウゾウ殿?」
 意外な人物が差し出した、梨の実一つ。胡座を崩しての片膝立ててという、やや砕けた格好で寛いでいたシチロージに引き換え、そちらさんはお膝を揃えてのちょこりと正座をしており。ご丁寧にも両手を添えての、捧げるような持ち方をして差し出して来ている彼であり。
「………。」
 うんともすんとも、何にも言わない次男坊なのも相変わらずだったけれど、
「…ああ、はいはい。」
 そんな無言の醸す何かへ…ちゃんと気づいたおっ母様も相変わらず。ほだされたようににこりと笑うと、羽織の下、腰に提げた嚢から、鞘のついた小刀を取り出して。はいと手のひらを上にして、受け取らんと手を延べた彼であり。白い手から差し出された梨の実は、おっ母様の機械の手へと乗っかると、そのまま引き取られての…丁寧に丁寧に皮を剥かれてゆく。

 「…おや。」
 「ほほぉ。」

 先程キュウゾウが披露した鮮やかさとは対極の、ゆっくりとした、だが、丁寧な刃さばきの下から現れるは、やはり瑞々しい梨の実で。くるりと剥かれて、食べやすいようにと六分割にされたのを差し出され、
「忝ない。」
 1つだけを手に取った次男坊が、さくりと口にし、甘い果汁をほお張った。

  ――― 美味しいですか?
       …。(頷)
       ぬるくなってるでしょうに。
       …。(否)

 いきなり出現した甘い甘い別世界の“亜空間”へ、他の子供らが気づかぬうちに、
「さ、さあさあ。それでは今度は某が、毬を乱取りして見せようか。」
「そうですね。も少し広いところへ移りましょう。」
 どこから出したか、一抱えはあろう数のお手玉の山を懐ろに抱えたヘイハチが促して、遊んでもらえるとはしゃぐ子供らを引き受けた二人が立ってゆく。他の子らは誤魔化せても、前々から彼らの母子関係に縁のあったコマチやオカラ坊には意味がなく。おじさん侍二人についてきながらも、向背をかえりみて“またまた微笑ましいことよ”と小さく微笑った彼女らだったりし。
「誰が切ったのでも同じですのにね。」
「そだな。」
 そんな囁きを、聞きとがめたはヘイハチ殿。チッチッチッと立てた人差し指をワイパーのように横へと振ると、
「それが違うんですよね。」
 鷹揚そうににっこり笑う。え?と瞳を見開いたお嬢さん二人へ、

  「誰がどう手をかけたかっていうのもね、味を大きく左右するものです。」

 そうと付け足した工兵さん。小さな二人の頭の向こう、まるで高貴な餌付けのような構図になって向かい合う、それはそれは麗しい金髪白面のお二人さんを、柔らかな笑顔にて眺めやると、
“ああいう“構って下さい”系統の甘え方も出来るようになっていたとはねぇvv”
 他への冷淡・無関心と均すかの如く、あそこまで身を乗り出しての擦り寄りを、おっ母様には許している次男坊。ああいった偏りもまた、その気性気合いや剣勢を一気に揺り起こす、苛烈な起動への加速には効果的だというのだろうか。秋の陽のまろやかさの中、鋭い爪持つ猛禽が、唯一の守護者へ懐く図は、その本性魔性を想起出来ぬほど、優しいそれに見えたのであった。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.8.15.


  *初ものの梨が美味しかったので、書いてみました…が。
   穏やかなんだか危ないんだかというシメになっちゃいましたね。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **
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